集刊 TOMのコラム渓流に遊ぶ


ばか長

 渓流釣りでは、ナイロンの長靴つきズボン(ウエストウエーダー)を履いている人が多いようであるが、私は丈が腿のつけ根までの、通称「ばか長」(ヒップウエーダー)といわれるものを使っている。釣具屋の店員さんは、深いところも渡れるし、雨の日も尻が濡れないから便利だよと言って、ウエストウエーダーを奨めるのであるが、その言葉には耳を傾けず、ばか長を買うことにした。

 幼いころ、ハイキングに出かけ、山道を歩いていると、陽に灼けた老練な顔つきをした、釣り師と呼ばれる人達に出会った。その人達は、昼なお暗い谷底に姿をくらましたり、あるときは不意にぬっと山道に現れたりした。私たちが青や黄色の派手な服を着ているのとは反対に、くすんだ地味ななりをして、腰には竹で編んだ魚籠を下げ、ばか長で足下をかためていた。

 こうした釣り師の老練さに憧れて、ばか長を履くことになったのだけれど、色白でまだ若僧の私には、似合っていないような気もするのである。この老練さは、釣りには一家言もっているとか、大物を何本も上げたということではなく、山の自然に身を浸し、渓流を愛してやまなかった永い歳月から、滲み出てくるものかもしれない。それでもばか長を履くと、老練な釣り師になったような気分がして、ひとりひそかに、ほくそ笑んでいるのである。
(2001/9/30)

●ばか長や長靴は大きめを買って、スポーツシューズ用の中敷きを入れると、靴の中の水分は底にたまり、靴下は濡れにくくなって快適に使えます。


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