集刊 TOMのコラム能管を吹く


風を吹く

 能の笛には、アシライという、拍子に合わない、その場の雰囲気を表現する効果音ともいうべきものがある。

 このアシライ、とりわけ、主人公の心のなかを吹いていると思えるときがある。上演中は、なかなか上手いものだと感心するのであるが、いざ終わってみると、なんだか物足りないような気がする。これに較べて、最初少しぶっきらぼうに聞こえるけれども、しばらく聞いていると、よくその場の情景を表していると感じられる笛がある。上演が終わっても、さらに感動が増してくる。

 心を吹いているのもは、つねに中へ中へと向かっていくから、結局のところ、小さくまとまってしまうようだ。これとは異なり、情景を吹いているものは、外へ向かう無限の広がりを持っている。なにもない能舞台に、突然、夏の星降る海辺や、冬の雪積もる山道が現れるのである。

 これはあくまで、ずぶの素人のあやふやな感想であって、玄人の笛方は、もちろんそれぞれの主張をもって吹いているのであろう。ただ私にとって、この情景を吹くとは、その場に流れる風を吹いているように感じられるのである。 私も、山の桜を散らす春の暖風や、谷の紅葉を誘う秋の涼風を吹けたら、どんなに素晴らしいだろう、そんなことを思っている。



(2002/11/5)


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