集刊 TOMのコラム能管を吹く


山で吹く

 渓流釣りに行くときは、背嚢に樹脂製の笛をしのばせておき、小休止のときに吹いています。山では近所迷惑ということもなく、思いっきり吹くことができます。狭い部屋で吹いていると、反響によって笛の音が自然と小さくなってしまいがちですが、戸外では反響が少ないので、大きくて強い音になるようです。

 しかし何といっても、清浄な空気のなかで吹くことが楽しいですし、深閑とした山の雰囲気も素晴らしいものです。鬱蒼とした深山で神楽を奏せば、いつしか三輪明神が目の前に現れ、湧き水滴る幽谷で楽を吹けば、すぐさま菊慈童が舞いはじめるという具合です。

 さて、山のどのような場所が笛を吹くのに適しているかといると、それは源頭に近い谷のなかであるように思います。平坦な森のなかでは反響がまったくないので、少しばかり物足りないのですが、谷であればある程度の響きを感じることができます。またあまりに水量が多いと、沢音で笛の音がかき消されてしまうので、ちょろちょろと流れているくらいがちょうどよいのです。

 穏やかな春の昼下がりのんびりと吹いていたら、ホトトギスをはじめとする鳥たちが1羽1羽と笛の音に答えて囀りだし、最後には大合唱になったことがありました。それはうっとりするような、素晴らしいひとときでありました。狭い部屋を飛び出し、都会の塵芥を拭い捨て、山で笛を吹いてみませんか。

こんな場所が、よろしいです。
(晩秋、北勢・鈴鹿山脈)
(2003/12/29)


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