集刊 TOMのコラム渓流に遊ぶ


前に向かって

 毛鉤釣りの楽しみといえば、水を割って毛鉤に飛びつく魚を、掛けることにあるのだろう。流れゆく毛鉤に、魚が水底から急浮上してくる瞬間の胸の高鳴りは、何にも代えがたいものがあるし、合わせたときのゴンという手応えも、心地いいものである。しかし、私が毛鉤釣りを好むのは、こうしたこと以外にも理由があるように、最近思えてきた。

 どうやら私は、毛鉤を打ち込むという動作に、魅力を感じているようである。糸を垂らす餌釣りと違って、毛鉤釣りではラインを上方に高く振り上げ、前方に投げ出すのである。狙った流れに、毛鉤が吸い込まれるようにすっと着水すると、本当に気分がいい。ラインぎわにエースを決めたような、バスケットゴールにボールが吸い込まれるような、そんな爽快感がある。

 一日中、竿を振ってボウズだと、餌釣りではげんなりしてしまうが、毛鉤釣りではこの打ち込みという楽しい動作のおかげで、なんとなく気分が救われるのである。それにこうして、前方に向かって、ラインを飛ばし続けていくことは、釣れるにしろ釣れないにしろ、なんだか前向きな生き方という感じがして、私はちょっとばかり、気に入っているのである。
(2003/3/6)


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