集刊 TOMのコラム渓流に遊ぶ


老獪(ろうかい)

 アマゴやヤマメは、岩魚に較べると狡猾である。小さいうちは警戒心が足りないのか、よく食いついてくるけれど、大きいものは餌を口に入れてもすぐに吐き出してしまうこともあるし、またあるときは、餌と一緒に下りながら餌の端だけを上手に食べていったりもする。

 盛夏になると、釣り師の竿の間をくぐり抜けた、連戦錬磨の25センチを越える老獪なあまごが、淵の後ろの方で悠々と泳いでいるのが見られるようになる。餌を流してみると、最初は興味を示すのだが、その後は見向きもしない。水面に落ちた羽虫をねらっているのだろうか、餌に動きをつけて水面に流してみても、寄ってはくるものの食わないのである。

 しかしどういうわけか、こうしたアマゴでも、ときどき食いついてくることがある。右へ行ったり左へ行ったり、はては岩の下に隠れたりと走り回るが、ようやく観念して足下に引き寄せられてくる。上げてみると、何だかしまったというような顔つきをしている。

 さて、自分の日々の生活に目を移してみると、過ちばかり積み重ねているといった方がよいくらいだ。まわりの方々のおかげで、なんとか暮らしているようなものである。だから、せっかく大きく育ったのに、たった一度の過ちで釣り上げられてしまったあまごを見ると、ちょっとかわいそうな気がするのである。結局、もとの流れに放してしまうのであるが、いやはや、釣り師失格であろうか。



(盛夏、奥飛騨・蒲田川)
28センチのヤマメ。穂高の豊富な水量に立ち向かう、大きな尾鰭、精悍な顔立ち。



(初秋、奥三河・寒狭川)
尺アマゴ。小渓の大淵にひそむ一尾。張り出した下顎、物憂げな顔。
(2001/7/26)


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