集刊 TOMのコラム渓流に遊ぶ


初秋の釣り

畦道には彼岸花
 初秋は、もっとも好きな釣りの季節である。新緑鮮やかな春の朝まだきや、ヒグラシ鳴く夏の夕まぐれも、もちろん素晴らしいけれど、初秋には、他の季節にはない、しっとりと落ち着いた雰囲気が漂っているからである。

 待ちに待った解禁明けは、とにかく魚を掛けることに、血まなこであり、梅雨時から初夏にかけては、大物を追い求めることで、頭がいっぱいである。それに較べ、初秋は気候も涼しく、また他の釣り人も少なくなることも手伝って、ゆったりとした釣りを楽しむことができる。渓を眺め、歩くべき道筋をゆっくり考え、ポイントでは丁寧に毛鉤を振り込んでゆく。おだやかで、充実した時間が、そこには静かに流れている。

 楽しみなのは、適当な岩に腰掛けて休息するとき、今季の釣りを、再び思い返すことである。思いもよらぬ所で掛かった良型の引きや、底から浮上して水を割った相手にくれた会心の合わせといったものが、そのときめきと感触を伴ってよみがえってくる。また同時に、黄金週間の渓で、頭を突かれて憤慨したり、盛夏の強い陽射しのなか、一匹も釣れず疲労困憊したことも、思い起こされる。

 しかし、おかしなもので、そうしているうちに、良い想い出ばかりが、心の内を占めるようになり、結局、今季の釣りも素晴らしいものであったと、ひとりうんうんと頷いてしまうのである。このように考えてしまうのも、私の気楽な性分からくるものかもしれない。けれども、初秋の渓は、つらかったことも良い想い出に変えてしまう、不思議な力を持っているような気がしてならないのである。

初秋の岩魚
(奥三河・寒狭川上流)
(2002/11/4)


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