集刊 TOMのコラム能の詞章と中国古典


天 鼓 その1

 『天鼓』のキリに、「人間の水は南、星は北に拱(たんだ)くの」という詞章があります。地上の水は南に向かって流れ、天上の星は北を中心に回っているという、自然の摂理を謡ったものです。

 さて、この「星は北に拱く」ですが、これは『論語』の「北辰、其の所に居りて、衆星、之に拱(こまぬ)くが如し」を踏まえたものと思われます。北辰とは北極星のことで、拱くとは、腕を前に組んで礼節を表す貌であります。君主の徳によって民衆が教化されることを主張したもので、君主を北極星に、民衆を衆星に喩えています。『天鼓』の作者は、星の運行を考えたとき、『論語』のこの文章が自然と浮かんできたのでしょう。

 また、「人間の水は南」について一言触れると、『天鼓』の舞台となっている中国においては、黄河・長江をはじめ、河川は東流しているのですが、ここでは日本の太平洋側の実情に合わせて、南流に変えているようです。中国より身近な日本の風景を想う方が、わかりやすいという配慮があるのでしょう。また天地・南北と対になるところもいい具合です。

 いろいろ細かいことを述べましたが、この詞章は、星々の瞬く川辺で舞う天鼓の姿を映し出し、大自然と人間の一体感を如実に表現しているもので、本当にぐっとくるものがあります。この詞章のためにこの曲はあるとさえ、私は密かに思っているのですが、やはりそれは言い過ぎでしょうか……
(2001/3/27)


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