集刊 TOMのコラム能を味わう


脇正面の楽しみ

 囃子や地謡がよく聞こえるという理由で、脇正面の席を好む人も多いようである。私も、笛の音を味わいたいので、ここに坐るのだが、もうひとつの楽しみは、演者の後ろ姿を見ることである。

 正面から、面に浮かび上がる様々な表情を見ることは、たしかに能鑑賞の醍醐味なのだろうけれど、ただならぬ思いを胸のうちに秘めた後ろ姿も、また真に迫るものがある。自分の子供の墓に向かって語りかける、「隅田川」の母の後ろ姿などを見ていると、じんわりと涙が滲んできてしまうのである。

 後ろ姿が好きなのは、ひょっとすると、私が正面切って人と対することを苦手としているからかもしれない。けれども、大切な人や物事を、でしゃばることなく、じっと静かに、見続けていたいのである。
(2000/11/26)


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