集刊 TOMのコラム|能を味わう |
能のテンポはゆっくりだなあ
能の物語展開は非常に単純なもので、たとえば、山中の一軒家に住むおばさんが、鬼になって襲ってきたり、潮汲みの爺さんが、いにしえの幽雅で名高い大臣に変身して、舞ってみたりするだけである。
それを一時間からそれ以上の時間をかけて、つぶさに演じるわけだから、いきおい進行はゆっくりしたものになる。以前は、このテンポに退屈していたのだけれど、最近、自分のからだに馴染んでいることに気がついた。
二十代の頃は、多くの経験をすることが、稔りある人生を送る条件であると考えていた。しかし、三十を過ぎると、経験の多少に関わらず、ひとつひとつの物事を深く味わうことこそ、重要であると考えるようになった。歳を重ねれば、時間には限りがあることを肌身をもって感じ、自分の出会う物事に真摯な態度で接しなければならないことを知るのである。
能の進行がゆっくりしているのは、主人公の思いを充分に表現することを目的としているためであろう。こうした能の手法に、自分の中の物事を深く味わおうとする態度が重なり合い、スローテンポにも退屈しなくなったのではないか、と思っている。(2000/8/14)